小松寅吉・小林和平の作品を見に行く 9

次の鐘鋳神社は、今回のハイライトともいうべきポイントで、どうしても見たい和平狛犬がいるはずでした。ところが……。

鐘鋳(かねい)神社 (東白川郡棚倉町一色)

棚倉町一色は、和平の妻・ナカの生まれ故郷です。ここにある鐘鋳(かねい)神社というところにある狛犬の写真を、吉田さんから送っていただき、ぜひこれだけは見逃すまいと思っていました。
しかしこの神社、地図に出ていないのです。
県別マップルには鳥居マークもなく、カーナビの地図には道すら出ていない。唯一、asahi.comの地図検索では、鳥居マークがあり、そこだろうと見当をつけていました。
しかし、あろうことかその地図を印刷した紙を置いてきてしまいました。
カーナビに導かれるまま一色まで行きましたが、神社らしきものは見あたらず、自転車で通りかかったおばあさんに声をかけてみました。
「このへんに鐘鋳神社ってありませんか?」
「え? かねいじんじゃ? 知らねなあ」
「変わった狛犬がいる神社なんですが」
「こまいぬ?」
「神社の狛犬ですよ。こまいぬ。石でできた狗(いぬ)」
「石でできた犬? 分かんねなあ。おれはこの土地で生まれ育ったけど、そんなもん聞いたこともね」
これはダメだと思い、さらに少し進んだところで、庭先にいた別のおばさんにも訊いてみました。しかし、同じように「そんな神社、聞いたこともない」と言うのですね。
「ここは一色(いしき)ですよね?」
「そうだ。一色の神社なのかい?」
「そうです。神社はないんですか?」
「一色の神社つうたらひとつしかないけんど、あれじゃなかっぺ」
「そこに狛犬はいませんか?」
「こまいぬ?」
「えーと、石でできた……」
「そんなもの聞いたことも見たこともね。でも、神社っつうたら、あそこしかなかんべ」
「その神社はどこです?」
……というようなやりとりで、ようやく道を教えてもらいました。
山の中に入っていく、車1台ようやく通れる未舗装の道。農道というかなんというか。これなら確かにカーナビの地図でも出てこないでしょう。
で、その神社は、静謐な山の中にある、実に雰囲気のある神社でした。
鐘鋳神社
これです。
高床式の蔵みたいなものが見えています。狛犬もしっかりいますね。まったく、なにが「この村で生まれ育ったけど……」でしょう。何も見ていないのですねえ。まあ、こういうことは狛犬巡りをしているとよく体験します。地元の人ほど神社を知らない。狛犬なんて見てもいない。子供の頃、境内で遊んだことくらいあるでしょうにね。
鐘鋳神社 吽 鐘鋳神社 阿
鐘鋳神社 吽の顔 鐘鋳神社 阿 鐘鋳神社 阿の顔
それにしても、物凄い荒れようですねえ。苔むしているどころか、頭からぺんぺん草です。
子獅子もこのありさま↓
大きさは石都都古別神社や古殿八幡神社のに比べてやや小振りですが、まったく同じタイプの力作。「和平3大狛犬」の1つと数えていいでしょう。
子獅子 子獅子 子獅子
苔むしてもぺんぺん草が生えてもきりっとした顔を崩さない子獅子がいいですねえ。石都都古別神社の子獅子は腕白という感じでしたが、この子獅子たちは精悍。
中には、苔に埋もれて消滅したかと思われる子獅子もいます。↓
消えた?子獅子
↑よく見ないと分からないのですが、歯のようなものが認められます。どうも、ここに子獅子がいたのに、苔に覆われ、さらには摩耗して消滅しかかっているようなのですね。苔をすっかり落とせば顔が現れるかもしれません。それともただ、顔に見えているだけなのかな。
台座をこするおばあさん
奉納者たち 写真を撮っていると、さっき道を訊いたおばあさんがやってきました。
「あんたら、これが見たかったの? へええ。こんなの、気にしたこともなかった」
僕が台座に刻まれた奉納者や石工・小林和平の名前を撮影していると、それに気づき、
「あ、これはうちのじいちゃんだ」
と、先祖の名前を見つけました。一生懸命台座の苔を落とし始めるおばあさん。
「じいちゃんだ。じいちゃんだ。へええ。今までずっとこの村に住んでて、じいちゃんの名前がこんなところにあるなんてちっとも知らなんだ。へええ。じいちゃんだ……。いやぁ、あんたらのあとをついてきてよかったわ」
大した人口がある村ではないのですから、和平の妻・ナカとその「じいちゃん」は幼なじみだったのではないでしょうか。ナカが嫁いだというよしみで、村の人たちがお金を出し合い、和平に頼み、この地に狛犬を奉納したのかもしれません。
建立年は昭和9年らしいのですが、台座には四面をぐるりと使って奉納者の名前が刻まれています。大正の年号もあり、建立する前から、村人たちがお金を積み立てていたことがうかがえます。
小林和平の銘のあたりを一生懸命こすっている地元のおばあさん
小林和平は、昭和5年(石都都古別神社)、7年(古殿八幡神社)、9年(一色鐘鋳神社)と、2年おきに3対の狛犬を彫っていたわけですね。この時期、和平は最も脂がのりきり、気力も充実していたと思われます。
石都都古別神社と古殿八幡神社は地元の大社であり、誰もが知っている神社ですが、この鐘鋳神社はすぐそばに住んでいる人でさえ正式名称を知らない、地図にも載っていない神社です。3対目がこの名もない山の中の神社に奉納されたということに、感動を覚えます。
一色の人たち、いや、棚倉町のみなさんに言いたい。
棚倉町一色は、昭和の名工・小林和平の妻の生まれ故郷。その妻の故郷に、和平は精魂込めて狛犬を奉納した。恐らく、集まった資金は石都都古別神社や古殿八幡神社に比べれば少なかったでしょう。それでも、石都都古別神社や古殿八幡神社に負けない出来の立派な狛犬を彫り上げ、妻の生地に建立した和平の心意気。それが70年経った今、こんな扱われ方をしているのはあまりに情けないことです。
勝手ですが、僕は石都都古別神社、古殿八幡神社、そしてこの一色鐘鋳神社の狛犬を「和平三大狛犬」と名づけたいと思います。和平狛犬のスタイルが確立され、技術的にも芸術的にもピークを迎えていた時期の狛犬たち。
これはもう、南福島の宝です。町の観光課や文化財保存担当の人たちは、こうした宝をしっかり認識し、「狛犬の里・南福島へようこそ」くらいのキャンペーンをしてもいい。
すくなくとも、この苔は落としてあげましょうよ。苔むした姿も味がありますが、このままでは石は痛むばかり。根を張っている篠竹1本は、「このままでは根が石に食い込んで割れてしまう」と、お袋がはがしていました。
すでに阿像の顔の一部は失われています。なんとかしましょう!

■Data:鐘鋳(かねい)神社(福島県東白川郡一色):
ο建立年月・昭和9(1934)年9月。 ο石工・小林和平。
ο撮影年月日・04年3月25日。

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