小説『神の鑿 ─高遠石工・小松利平の生涯』を、より深く楽しむために、若干の資料と解説を用意しました。
登場人物
登場人物は、
- 実在の人物をモデルにしており、名前もそのまま
- 実在の人物をモデルにしているが、名前は替えている
- 架空の人物
の3種類に分かれます。
主な登場人物を生まれた順に並べると……
- 小松利右衛門 享保14年(1729)高遠入谷奥浦生まれ ~寛政2(1790)年(享年61歳) 利平の祖父。
- 小松理兵衛布高 宝暦12(1762)年~天保7(1836)年(75歳) 利平の父。
- 小松スエ 宝暦11(1761)年年~天保4(1833)年(68歳) 利平の母。
- 守屋貞治 明和2(1765)年~ 天保3(1832)年 多くの石仏を残した。名工といわれ、石仏ファンの間では超有名。
- 凌雲禅師 天明4(1784)年~明治4(1871)年(87歳)。利平の育ての親のような存在。本作の準主役。
- 渋谷藤兵衛 天明4(1784)~嘉永6(1853)年(69歳) 貞治の19歳年下の弟子。30歳くらいで貞治の弟子に。利平より20歳年上。貞治の作風を受け継ぎ、貞治銘の作品も実際には藤兵衛がほとんど彫ったものが混じっているといわれる。
- 小松嘉平 寛政3(1792)年~天保11(1840)年(48歳) 利平の兄(12歳上の長男)。
- 望月留次郎 寛政7(1795)年春(新潟妙高大鹿村で生)~明治5(1872)年9月(78歳) 利平より9歳年上。既存の仏教などにとらわれぬ独自の世界観、宗教観を持ち、奇想天外な人類創世記を説く。カリスマ性があり、信徒たちが増えていく。晩年、「修那羅大天武」を名乗り、舟窪山(修那羅山)に入山して社殿を開く。
- 松浦彦治郎 ?~? 山白石村大庄屋。利平の後ろ盾となるが、打ち壊しや戊辰戦争で、何度も危機を経験する。
- 小松利平 文化元(1804)年11月晦日~明治21(1888)年8月1日(享年83) 本作の主人公。高遠石工として生まれ育つが、藩領に戻らず、欠落人(かけおちにん)として福島の地に隠れ住み、名作を残した。
- 大沼ノブ 文化7(1810)年10月10日~明治26(1893)年11月23日(享年82)。東白川郡瀬ケ野村 大沼金蔵の次女。利平の妻となる。利平より6歳下。
- 藤森吉弥 文化8(1811)年~明治8(1875) 利平と同時代(7歳年下)の石工。藤兵衛の弟子筋だが、晩年は流れ石工となって「乞食の吉弥」と呼ばれた。松本に12鉢の道祖神。埼玉県秩父郡小鹿野町の観音山に、台石を入れると高さ4m余の仁王像を造立。
- 鈴木鶴吉 文化11(1814)年?~明治7(1874)年 小説内では利平より20歳下、彦蔵より13歳上の設定。利平の弟子で、利平のもとを離れても「利平門人」を名乗る(史実)。
- 黒沢三重郎 天保4年(1833)~明治33(1900)年(68歳) 秩父日尾村「石屋三十」の棟梁。吉弥を雇い入れ、観音山の巨大仁王像造立を仕切った。
- 小松彦蔵 天保8(1837)年8月3日~明治33(1900)年6月25日(62歳) 利平32歳、ノブ26歳のときの子。石工は継がなかった。
- 小松寅吉 弘化元(1844)年6月6日~大正04(1915)年2月22日 (70歳) 利平の弟子。彦蔵の養子となり、石工としての小松家を継いだ。
時代背景
時代背景を説明した部分では、史実をほぼそのまま解説しています。そこに出てくる人物名や出来事はすべて史実です。もちろん昔のことゆえ、どこまで正確かは分かりませんが、できうる限り多くの資料に当たって、正確を期しました。
小説なのに幕末の時代背景をかなり詳しく解説したのは、いわゆる「司馬史観」や「明治維新の美化」に対する異議申し立てをしたかったからです。
白河藩主であり幕府の老中にもなった阿部正外についてはかなり細かく描いていますが、これは私の母方の曾祖母が、正外の娘(勝姫)だったらしい、という個人的な事情(思い入れ?)からです。
登場する石彫刻作品
架空のものもありますが、実在し、現在もその場所に行けば見ることができるものもあります。
小説に登場する順番に、今も見ることができる「実在の」作品をいくつかリストアップしてみます。
- 伊那市・円通寺の地蔵菩薩像と聖観音菩薩像 ……貞治作と言われているが、藤兵衛が彫ったという説も。
- 高崎・白岩山長谷寺の多宝塔と狛犬 ……狛犬には「延享三年丙寅十月吉日 信州高遠藤沢村 伊藤喜平治 作之」の銘あり。1746年。
- 鎌倉・鶴岡八幡宮の狛犬……寛文八戊申歳九月の銘あり。1668年。
- 棚倉町八槻・近津神社(現・都々古別神社)の狛犬 ……天保11(1840)年の銘あり。利平36歳。
- 石川町・沢井八幡神社の波乗り兎像 天保14(1843)年の銘あり。利平39歳。
- 浅川町・共同墓地の髭題目塔 ……安政5(1858)年5月「福貴作村 石工 小松利兵ヱ 門人 鈴木靏吉」の銘。利平54歳。
- 須賀川・旭宮神社の狛犬 ……境内には寅吉銘の恵比寿像があることから、利平・寅吉の作ではないか?
- 須賀川・朝日稲荷神社の狛犬 ……沢井八幡神社の奉納帳に「須賀川稲荷神社の狛犬も同人の作」とある。
- 白河・烏峠稲荷神社の狛犬 ……もしかすると?
- 石川町・沢井八幡神社の狛犬 ……慶應元(1865)年。奉納帳が残っている。
- 日光東照宮・跳び越えの獅子 ……陽明門に行くまでの場所なので、江戸時代にも見ることはできた。
- 秩父小鹿野・観音山の巨大仁王像 ……小鹿野町教育委員会は吉弥の作と認定している。
- 筑北村修那羅山・安宮神社の猫のような虎のような一対の像 ……これは最大の謎?
修那羅山の「猫」と沢井八幡神社の波乗り兎