狛犬分類研究(6) 護国(ごこく)

 国家神道という国策がとられ、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた明治時代もそうですが、太平洋戦争に突き進んでいった昭和10年代は特に、狛犬にも、自由な造形美や芸術性より、威厳や威圧感を重視した権威主義、教条主義的な色合いが濃く見られるようになりました。
 また、靖国神社に狛犬が奉納されてからは、各地の護国神社にも大きな影響を及ぼしたと考えられます。
 これらの狛犬は、形状からだけでなく、奉納の目的から、ひとつのグループに大分類できる気がします。
 全国にある護国神社に見られる狛犬の多くは、胸を張り、いかめしい顔をしています。いくつかのパターンがありますが、いずれもオリジナリティにはとぼしく、お上が認めた由緒正しい神殿狛犬や古い狛犬を単純に模しているだけのものが多いようです。そのため、狛犬ファンは経験的に「護国神社には大作あっても傑作なし」と知っています
 護国神社だけではなく、皇紀2600年(昭和15年)には、全国の神社に大量の石造物が奉納されました。狛犬も数多く奉納されましたが、その中には護国タイプの狛犬が数多く含まれていました。太平洋戦争開戦の直前でもあり、国威発揚目的で造られた狛犬と言えるかもしれません。
 円丈分類では「招魂社系」と呼ばれていますが、よくよく見ていくと、円丈分類における招魂社系と岡崎石工が呼んでいる「岡崎古代型」は同類と思えます。
 また、護国神社系狛犬はどれも明らかなコピーであり、そのコピー元によって以下のような分類ができます。(もちろん、このコピーによる分類は護国神社だけでなく、他の神社にいる同型の狛犬にもあてはまります)

1 大宝(だいほう)神社型

 木造神殿狛犬の傑作の一つとされているのが大宝神社の狛犬。鎌倉時代の作とされていますが、完成された姿形をしており、以後、この狛犬を真似る石造り狛犬がたくさん出現しました。護国系狛犬にも大きな影響を与えており、総本山的存在の靖国神社にも、昭和38(1963)年に奉納された大宝神社タイプのブロンズ製狛犬があります。

大宝神社(滋賀県栗東市綣(へそ))。鎌倉時代前期(推定)。国重要文化財
(写真:京都国立博物館発行『狛犬』1990年 より)
 木造の神殿狛犬の中でも最も有名な一対。阿吽の形式は踏襲しているが、狛犬には角がない。スマートで俊敏さをうかがわせるところが人気の秘密か。神殿狛犬系のカリスマ的存在。
日光東照宮(栃木県日光市)
 東照宮の陽明門裏にある木造狛犬も、明らかに大宝神社狛犬のコピー。

宇都宮護国神社

宇都宮護国神社(栃木県宇都宮市)。昭和15(1940)年
 昭和15年という年は太平洋戦争勃発直前で、日本中が国威発揚一色だった。折りしも「皇紀2600年」ということもあり、全国の神社に多くの狛犬が奉納されたが、国家神道色が強く、こうした護国タイプが多かった。
二荒山神社中宮祠(栃木県日光市)。昭和47(1972)年。石工宇都宮市箕輪惣一、彫刻師岡崎市成瀬大吉
 戦後になっても、このタイプの狛犬は全国で大量に造られた。主に岡崎で、岡崎現代型(後述)と並行して量産されたため、「岡崎古代式」とも呼ばれている。

2 東大寺南大門型

東大寺南大門の狛犬
 日本でいちばん古い石造りの狛犬は奈良東大寺南大門裏にある建久7(1196)年制作のものと言われています。これは正確には「狛犬」ではなく「中国獅子」ですが、「最古」という権威付けが好まれたのでしょう、大宝神社型同様、真似たものがたくさん存在しています。中には、大宝神社と南大門型のハイブリッド作品のような護国タイプも見うけられます。
宇治神社(京都府宇治市山田)
 典型的な東大寺南大門型の護国。両方とも口を開いている「阿-阿」型である点や、胸にベルト飾りをあしらっているところは中国獅子の様式そのもの。

大山神社(神奈川県)
 前脚をまっすぐ突き出したポーズは南大門型の模倣。顔などは大宝神社型の影響も見られるハイブリッド型護国タイプ。

3 籠(この)神社型

 京都府宮津市の籠神社には、一時期、「国産最古」と言われていた石造り狛犬があります。
 現在では、当初の鎌倉時代の作という鑑定には疑問が投げかけられ、安土桃山時代説が有力になっているようですが、ともかく東大寺南大門の中国獅子とは違って、「純国産」で「最古」という評価があったため、これのコピーもまた多数存在します。
 そのひとつが靖国神社にある(昭和45年)ため、護国神社系狛犬の1パターンとしても定着しました。胸板が厚く、威風堂々としたポーズも護国系狛犬として好まれた点でしょう。
箱根神社(神奈川県)  完全な籠神社狛犬のコピー。

靖国神社 昭和45(1970)年 八柳恭次作、石工・小澤映二
 石工の名だけでなく、原作者名も刻まれているが、明らかに籠神社狛犬のコピー。

4 弥彦神社型(忠太狛犬)

弥彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村)。大正5(1916)年。匠案・伊東忠太、原型・新海竹太郎、石工・酒井八右衛門

 弥彦神社にあるこの狛犬には、台座にはっきりと制作者たちの名前が刻まれています。デザインは築地本願寺などの設計で有名な建築家・伊東忠太。
 伊東は30代のとき、中国、インド、トルコなどへ3年間(1902~1905年)留学し、同時に欧米も回ってから帰国しています。ガンダーラ美術やヨーロッパのガーゴイル像などに深く影響を受け、「化け物好き建築家」としても有名。大江新太郎と共同で、この年、弥彦神社再建建築にも携わっています(旧社殿は明治45=1912年に焼失)。
 石工の酒井八右衛門は「井亀泉(せいきせん)」というブランドで東京を代表する有名石屋。「青山石勝」こと中村勝五郎と並び、神社仏閣の石造物を数多く手がけています。
 つまり、この狛犬は大変な「ブランドもの」なのですね。


靖国神社 昭和8(1933)年 
 片倉財閥が奉納したもので、靖国神社にある3対の国産狛犬のうちでは建立年が最も古い(他に日清戦争後に清国から軍が持ち込んだ中国獅子が1対)。
 靖国神社は大正13(1924)年に大改修しているが、そのときの指揮者がやはり伊東忠太。狛犬建立は後の1933年だが、伊東はこの狛犬建立の監督者にもなっている。化け物好きの伊東が狛犬のデザインを他人任せにするはずもなく、結果、弥彦神社の忠太狛犬とそっくりのものが建立された。ただし、尻尾は弥彦神社の狛犬とは別で紐状になっている。
八坂神社(新潟県南魚沼郡六日町)
 この狛犬は人気があり、全国の神社に多数のコピーがある。上はその靖国神社の狛犬と寸分変わらぬデザインのもので、新潟・六日町の神社にある。八坂神社の狛犬ははっきりと年号が読み取れないものの、もしかすると明治期である可能性もある。忠太狛犬の最も古いものがどこにあるのかは分からないが、いずれにせよ、このタイプの護国狛犬として、靖国神社の狛犬が「初代」でないことは確かだろう。


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