神の鑿(のみ) 寅吉・和平の世界

寅吉・和平の世界8

小松寅吉の誕生

 弘化元(1844)年、南福島の地・山形村(後に山橋村。現在は福島県石川郡石川町に併合)の農家高原家に男の子が誕生し、寅吉と名づけられた。
 父は亀右衛門。長男として誕生したが、母親が婿養子を取ったことで、幼くして石工・小松利平のもとに丁稚に出された。
 このことは寅吉の生涯に大きなトラウマとなって残ることになる。
 寅吉は、慶応2(1866)年2月18日、21歳のときに養子として小松家に入っている。
 当時の親方は小松利平布弘のはずだが、利平はすでに述べたように高遠藩を脱藩して半分身を隠すようにして暮らしており、寅吉はその息子・彦蔵の養子として小松家に入った。
 戸籍上、寅吉の養父となる小松彦蔵は、天保9(1838)年前後の生まれであり、弘化元(1844)年生まれの寅吉とは6歳しか違わない。実際には兄のような存在であり、実際の親代わりは利平布弘だった。
 利平が寅吉を自分の養子にせず、息子の養子にしたのは、ひとつは脱藩者である自分の存在を表に出したくなかったから、もうひとつは、あくまでも自分の次の家督は実子・彦蔵に継がせるという意思表明だったのではないかと想像できる。
 しかし、利平の父親・理兵衛布孝の「布孝」を、実子の彦蔵ではなく寅吉に継がせたことでも、寅吉が当時からいかに石工として頭抜けた才能を発揮していたか、その才能に対する利平の期待が大きかったかが分かる。
 高遠石工であった利平に見込まれ、徹底的に石工修行をさせられた寅吉が本領を発揮し始めるのは明治20年代に入ってからだ。
 寅吉は自分の作品に、「寅吉」「小松寅吉」「小松布孝」など、いくつかのパターンで名前を刻んでいる(↓下の写真)。
鈴木完治の墓銘 雲照寺観音の銘 恵比寿像の銘 新地山狛犬の銘 鹿嶋神社狛犬の銘 坂本観音の馬の銘 八雲神社灯籠の銘 川原田天満宮狛犬の銘 入方の社殿銘
↑寅吉作品に見られる銘のいろいろ


 小松寅吉の作品で現在分かっているものを年代順に並べると以下のようになる(「 」内は作品に刻まれている銘)。
明治24(1891)年、47歳 浅川町 松浦家墓地内の灯籠。
明治25(1892)年11月、48歳 川原田天満宮の狛犬。「浅川町福貴作 石工小松布孝作之」
明治26(1893)年7月、49歳 東村下野出島 神宮寺墓地 佐久間由松の墓石(下に亀、上に鶴)。「銘なし」
明治26(1893)年9月、白河借宿新地山参道口の狛犬。「福貴作 石工寅吉作」
明治26(1893)年9月、鹿嶋神社の狛犬。「福貴作 石工 小松布孝」
明治27(1894)年9月、50歳 白河市入方山中の石造り社殿。「福貴作寅吉」
明治28(1895)年6月、月読神社(八雲神社)銘なしの狛犬。51歳
明治30(1897)年10月、53歳 石川町南町 煙草神社の馬。「石工 小松寅吉」
明治31(1898)年11月、熊野神社(鮫川村赤坂西野)の狛犬「福貴作 石工 小松寅吉」53歳
明治31(1898)年頃?、新地山入り口白河楽翁の歌碑を囲む石柵。「銘見あたらず」
明治32(1899)年10月、55歳 白河市九番町 金毘羅神社の狛犬。「福貴作石工小松寅吉」
明治33(1900)年7月、56歳 石川町元湯八幡(母畑温泉元湯敷地内)社殿「石川郡浅川村福貴作小松布孝」
明治35(1902)年9月、58歳 栃木県西那須野町 雲照寺 準提観音像。「彫刻人小松布孝」
明治36(1903)年6月、59歳 栃木県大田原市西郷神社石の社殿。「小松布孝 布行 敬作」
明治36(1903)年8月、59歳 中野聖徳寺の門柱。
明治40(1907)年3月、62歳 坂本観音の馬。「福貴作布孝」
明治40(1907)年8月、63歳 白河市向寺 聯芳寺墓地 鈴木寛治の墓。「彫刻師小松布孝 同布行」
明治40(1907)年9月 鹿嶋神社の鳥居「石工 小松寅吉」63歳
明治41(1910)年10月、64歳 白河市大沼 八雲神社の灯籠。「福貴作小松布孝六十五年調刻」
明治42(1909)年?、65歳 浅川町永昌寺 不動明王像。「脇侍像移設の際に銘が消失
明治42(1909)年、65歳 棚倉町堤 長慶寺墓地長田家の墓。「福貴作石工 小松布孝 布行」
明治45(1912)年7月、68歳 須賀川市旭宮神社の恵比寿像。「石川郡浅川村大字福貴作 小松布孝」
大正元(1912)年 京都西明寺の阿育王石塔。「大正元年建之處(?) 彫刻布孝」68歳 大正2(1913)年3月、69歳 長福院の毘沙門天像。「福貴作 小松孝布」(和平が手伝って彫っていた。そのためか、銘を「孝布」と逆に刻字)

大正4(1915)年2月22日、71歳 永眠
「寅吉」は実の親からもらった大切な名前。「布孝」は高遠石工小松家を自分が正式に受け継いだ証。
 小松寅吉布孝は、生涯、この二つの名前の間を揺れ動きながら、自分のアイデンティティを確認し続けた。
 寅吉が作品に、「福貴作 石工 小松布孝」と誇らしげに自分の名前を刻むとき─それは、名もない農家に生まれながらも至高の作品を造ることに一生を捧げた自分の存在を高らかに表明することであると同時に、高遠藩脱藩者であったがゆえに、一生涯身を潜めるように生きなければならなかった石工・利平の無念を晴らすことでもあったのかもしれない。

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