神の鑿(のみ) 寅吉・和平の世界

寅吉・和平の世界18

晩年の和平

 鐘鋳神社の狛犬以降は、大傑作と呼べる作品はあまり見あたらない。
 分かっているものだけを並べてみると……、

■昭和10(1935)年11月、54歳。小野公園の不動明王像
■昭和12(1937)年9月19日、56歳。近津神社の狛犬「石工小林和平」
■昭和13(1938)年1月、56歳 石都都古別神社の五重塔
■昭和13(1938)年、56歳。石川郡石川町王子平 王子八幡神社の泉重左衛門像。玉垣、石組みは弟子の遠藤秀一。
■昭和13(1938)年、56歳? 古殿町山上 天澤山東禅寺 地蔵菩薩像
■昭和14(1939)年1月、石川郡石川町 石都都古別神社御仮屋の狛犬(すぐそばの大竹石材店・大竹俊吉と連名)。「戌亥会初老記念」
■昭和14(1939)年旧正月、57歳。石川郡石川町 王子八幡神社の狛犬(弟子の遠藤秀一と合作?)「戌亥会初老記念」。唯一作者銘のない狛犬
■昭和15(1940)年、58歳? 管布称神社の大黒像
■昭和15(1940)年4月、東栃本 角折神社の狛犬。銘なし
■昭和15(1940)年10月、59歳。羽黒神社の馬
■昭和19(1944)年1月、62歳。羽黒神社の灯籠
■昭和22(1947)年11月、66歳。石川郡石川町赤羽 赤羽八幡神社の狛犬
■昭和27(1952)年、70歳?。平田村小平(おだいら)諸楽山法性寺 子安観音像
■昭和27(1952)年、70歳?。石川町中田 稲荷神社の大黒像

 ……などがある。
 狛犬も何体か彫っているが、昭和5~9年に集中的に制作した作品群に比べると出来は落ちる。
 和平は生前、蹲踞スタイルの狛犬を「狛犬」、飛び獅子を「獅子」と呼んで区別していたそうだ。「俺の作るのは獅子だ」と言っていたそうなので、「普通の狛犬」は依頼があってもあまり燃えなかったのかもしれない。
 寅吉という偉大な先達が、飛び獅子を残し、道を開いてくれたが、施主の中にはまだまだ自由奔放な飛び獅子を嫌い、「普通の狛犬にしてくれ」と要求してくる者も少なくなかったに違いない。
王子八幡 阿
↑王子八幡神社の狛犬(昭和14年) 阿

羽黒神社の灯籠
↑羽黒神社の灯籠(昭和19年)上部

赤羽八幡宮の阿
↑赤羽八幡神社の狛犬(昭和22年) 阿


 和平は石工として成功し、名も財も成した。
 昭和30(1955)年5月18日、妻ナカが死去(行年78歳)。和平はこのとき73歳。
 その後、後妻・ハルと再婚するが、昭和35(1960)年1月29日、後妻・ハルも死去(行年67歳)。このとき和平は78歳。
 当時としては78歳はかなりの長命だといえる。しかも、石工は職業病として塵肺になる運命なので、短命な者が多い。家族がみんな先立ってしまい、残されたのは孫たちだけ。そんな中で、和平に最後の傑作を彫り上げるチャンスが訪れた。
 玉川村川辺の正八幡神社の狛犬のうち、阿像が壊れたために、阿だけの再建依頼があったのだ。
 和平はすでに80歳目前になっていた。この阿のみの狛犬に、残された石工生命のすべてをかけたように思える。それほど、この狛犬は秀逸な出来である。
正八幡神社の狛犬 正八幡神社の狛犬
↑昭和36(1961)年4月建立、和平79歳。石川郡玉川村川辺 正八幡神社の狛犬(阿のみ)。
和平の銘がある最後の狛犬
 この狛犬は、和平狛犬の中でも特別な1体といえるだろう。飛び獅子の形を踏襲しているが、昭和初期に立て続けに彫り上げた5対の狛犬とは明らかに作風が違う。よりモダンに洗練された、芸術性の高い狛犬だ。
 80歳を目前にした老石工が、自分の力のすべてを注ぎ込んだ最後の作品。心に迫るものがある。

 これを最後に、和平は鑿を置いたものと思われる。
 西白河郡矢吹町中畑字根宿 八幡神社には、孫の登が和平の指導を受けながら彫った狛犬一体がある。これは正八幡神社とは逆に、吽だけが壊れ、吽像のみの再建を依頼されたものだが、すでに書いたように、もともとあった一対は寅吉門下の石工が彫り上げたものと思われる。もしかしたら若き和平も加わっていたのかもしれない。

↑孫の登が彫った狛犬

↑その下に、守り神のように置かれた先代の壊れた狛犬
 壊れた先代狛犬の胸から上だけが、孫の登が彫り上げた新しい狛犬の下に置かれている。まるで和平が、「孫の狛犬を見守ってやってくれ」と言い残したかのようだ。
 3人の子供に先立たれ、養子を迎えて孫に夢を託した34年前。その登がようやく狛犬を彫り上げるまでに成長した。感慨ひとしおだったことだろう。

 登の彫った狛犬を見届けた2年後、昭和41(1966)年3月8日、小林和平はこの世を去った。84年の生涯だった。
 小松家の石工業は、寅吉の息子・小松布行の代で途絶えた。
 和平の弟子になった孫二人のうち、登はすでに他界している。和喜も石工は廃業した。
 寅吉・和平の世界を継ぐ者は途絶えてしまった。
 謎の高遠石工・小松利平布弘に始まる石工の物語は、ここで一旦終わる。

 木彫やブロンズの彫塑に比べて、石の彫刻はなかなか正当な評価を受けない。これは単に偏見と無知によるものだ。狛犬や石造りの像は、今も全国で「消耗品」として破壊、破棄され続けている。
 利平、寅吉、和平らの残したすばらしい芸術も、いつまで残されていくのか分からない。実際、地元でもこの宝の価値を理解している人は少ないようだ。今のうちに、ぜひ生で「寅吉・和平の世界」を堪能しておかれることをお勧めする。そこには、石工という職業を超えて、芸術の高みを求め続けた者たちの情熱と浪漫がある。
    (文中敬称略)

★寅吉・和平の世界を解き明かす上で、和平と同郷の吉田利昭さんに多大なるご協力をいただきました。個々に紹介した情報は、吉田さんから教えていただいたものと、そこから私が勝手に想像したもの(間違いがあればご容赦)とで構成されています。
 吉田さんが教えてくださらなければ、私は未だに和平狛犬の半分も見つけていないでしょうし、寅吉に至っては知ることもなかったかもしれません。
 また、吉田さんを通じて、寅吉、和平の情報を伝えていただいた、我妻正一さん、和平のお孫さんの小林登さんの奥様・芳子さん、お孫さんの和喜さんにも、心から感謝申し上げます。


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