神の鑿(のみ) 寅吉・和平の世界

寅吉・和平の世界13

なぜ石碑が見えないほど大きな柵を? 新地山石柵の謎

 石造り社殿や墓石彫刻で腕を存分にふるった寅吉だが、真骨頂とも言えるのが白河市借宿の新地山入り口にある石柵だろう。
 検索サイトGoogleで「小松寅吉」を検索すると、今では当狛犬ネットや、私がasahi.comに書いたコラムなどがヒットするが、それまでは、たった1つだけヒットしたのが、白河市立図書館のサイトにある「白河の伝説」というページだった。
そこには、こうある。

 石川街道わき、借宿村(白河市)の新地(しんち)山は、古来の歌枕「人忘れずの山」である。
 阿武隈川をはさんで、烏峠山塊の木ノ内山「人懐かしの山(泉崎村)」と向いあう。
 このあたりは古代白河郡の中枢ゾーンだった。古歌あり。
 “みちのくの あふくま川の岸にこそ 人忘れずの山はありけり”
 山麓に、白河楽翁公がこの歌名所を詠(よ)んだ歌碑がある。その石柵は、奇巧の石工(いしく)小松寅吉が彫り飾っている。


新地山参道入り口
 新地山入り口は、国道脇にあるが、参道入り口はコンクリート壁の中に目立たないようにあり、普通は気づかずに通り過ぎてしまうだろう。実際、最初に訪れたときはなかなか場所が分からなかった。
下から見上げると↑こんな感じで、狛犬と灯籠が見える。
新地山 吽 新地山 阿
狛犬はすでに紹介したように明治26年9月の建立。銘は「福貴作 石工寅吉作」となっている。
石工寅吉の銘
灯籠は、亀や龍が刻まれている豪華なもの。
灯籠 灯籠
途中に見えているのは亀。この灯籠の上部から落ちたと思われる龍の頭が、無惨に転がっている。↓
目にはガラスが貼られているが、剥離したまま放置されているのは残念な限り。このままではすぐに喪失してしまうだろう。
落ちた龍 落ちた龍の首


世々へても心の奥に通ふらし人忘れずの山の嵐は(松平定信=白河楽翁)  さて、白河市図書館の解説にもあるように、ここには白河楽翁公(江戸幕府の老中をつとめた松平定信の隠居後の呼び名)が詠んだ歌
 世々へても心の奥に通ふらし 人忘れずの山の嵐は
 の歌碑(左の写真)がある。しかし、なんとも奇妙なことに、この歌碑は簡単には「見えない」のである。
 歌碑を取り囲む石の柵が巨大かつ目立ちすぎるため、一見すると中に歌碑があることに気づかないのだ。
石柵全貌
これ↑が問題の石柵
 正面には観音開きの巨大な石の扉が据えられ、その表面にはびっしりと彫刻が施されている。その扉が巨大なため、後にある歌碑はまったくと言っていいほど見えない。
石柵の門
↑門の部分

石柵の上
↑門の上部。隙間からかすかに見えるのが歌碑

石柵の下
↑門の下部


 門扉の下に兎と鶏がいるあたりも見逃してはいけない。こんなところにまで彫るのか……と、呆れるところだが、これだけで驚いていてはいけない。なんと、この石の扉、表だけではなく、裏側もびっしりいろいろ彫り込まれている。しかも、石扉の裏側には、入ってきた者を驚かせてやろうとするかのように、獅子が一対逆立ちしてへばりついている。
柵の裏
↑クリックすると大きな写真が出ます
石柵裏側の狛犬 石柵裏側の狛犬 石柵の中の狛犬
 この獅子は、よく見れば見るほどうまく彫れていて感心させられるが、一体ここを訪れた人の何人がこの獅子に気づくだろうか。石柵の裏側まで覗き込む人は少ないだろう。
 問題は、なぜこのような石の柵がここにあるのかだ。
 普通に考えれば、主役は中の歌碑であり、柵はそれの引き立て役でしかないはずだ。
井亀泉の銘  謎を解くヒントは、歌碑の裏側に彫られている「井亀泉」という銘だった。
 明治30年5月に東京の有名石屋・井亀泉が彫っていることが分かる。
 井亀泉(せいきせん)とは酒井八右衛門のこと。明治30年だと、名人といわれた二代目八右衛門にあたる。
 寅吉はこの歌碑が建立されるよりも前に狛犬や灯籠を依頼され、立派な作品をおさめていたにもかかわらず、歌碑は発注されなかったのだ。
 クライアントは、寅吉ではなく、東京のブランド石屋に歌碑を発注した。そして、寅吉には歌碑を囲む塀だけを発注したのだろう。
 寅吉としては当然面白くない。俺の腕に文句があるのか。そんなに江戸のブランド石工がいいのか。というわけで、主人公であるべき歌碑が見えなくなるくらいものすごい柵を造ってしまった。
 ……そう考えれば、中の歌碑が見えないほどのものすごい石の柵ができあがった謎も解ける。
 もし、中の歌碑が井亀泉のものではなかったら、寅吉はこの石柵にここまでこまで燃えたかどうか……。そう思うと、やはり井亀泉ブランドは偉大なのかもしれない。

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