エッセイ 「狛犬」という趣味

 このコーナーの文章は、『生衛ジャーナル』(編集・発行 財団法人全国生活衛生営業指導センター)の2002年7月号から2003年5月号まで連載されていた『狛犬鑑定団が行く』というエッセイを元に、若干書き直したものです。 

第3回 「はじめ狛犬」の魅力

 狛犬のルーツは遠く古代オリエントにまで遡ることができます。スフィンクスは狛犬の祖先と言ってもいいでしょう。
 ライオンは王の権力を守るという思想が、中国を経て日本にも渡ってきて狛犬が生まれました。最初の狛犬は、平安時代、宮中で天皇の守護獣として玉座の前に置かれたり、御簾が風で乱れないようにする「重し」代わりに使われていたようです。
 この時代の狛犬は、正確には「獅子・狛犬」といい、向かって右側が獅子、左側が狛犬で、ワンセットになっています。獅子は阿像で口を開き、角なし。狛犬は吽像で口を閉じ、角があるというのが基本。
 これを一般には「神殿狛犬」といい、初期のものはほとんどが木製です。
 これに対して、江戸時代以降、庶民が神社に奉納するようになった石造りの狛犬は、我々狛犬ファンの間では「参道狛犬」と呼ばれて、はっきりと区別されています。
 私たちが普段気軽に接することができるのは、この参道狛犬(石造りの狛犬)のほうですね。
 神殿狛犬は天皇(権力者)の守護獣として作られ、一般庶民は目にすることができませんでしたが、参道狛犬は庶民が様々な思いを込めて奉納したものが多く、我々の身近に存在しています。その点がまず、狛犬ファンにとっては重要なのですね。

 日本最古の石造り狛犬は、東大寺南大門裏にある狛犬で、建久7(1196)年の建立とされています。中国(宋)の石工を呼び、石も中国の石を運んできて作ったと言われています。両方とも口を開いた阿像で、日本の狛犬の特徴である「阿吽」になっていません。狛犬というよりは、中国の獅子像と言ったほうがいいかもしれません。
東大寺南大門裏の狛犬  東大寺南大門裏の狛犬
   東大寺南大門裏の狛犬。建久7(1196)年、建立。
 

 江戸時代になると、庶民が神社に狛犬を奉納するようになりますが、さて、狛犬とはどんなものなのかと、石工たちはみな首をひねったことでしょう。
 地方の石工たちは宮中の神殿狛犬など見たことがありませんし、獅子(ライオン)が日本に入ってくるのは明治以降ですから、獅子だの狛犬だのと言われても、どんな姿をしたものか見当もつかなかったはずです。その結果、ただの犬のような素朴な狛犬もたくさん作られました。
 狛犬研究家の三遊亭円丈さんは、このタイプを「江戸はじめ」と名づけています。私たちは愛情を込めて「はじめちゃん」と呼んでいます。
倭文神社の狛犬(岩手県遠野市)
岩手県遠野市・倭文神社の狛犬。推定建立時期、宝永年間前後。小さく、胴の下はくりぬかれていないところが「はじめ」の特徴。
 はじめちゃんの特徴は、まず小さいこと。技術も稚拙で、胴の下がくりぬかれていないものもあります。
 はじめちゃんは可愛いものが多いので、人気があります。しかし、今ではあまり残っていません。また、年号が刻まれていないものが多いため、運よくはじめちゃんに出逢えても、いつ作られたものなのか、正確な情報はまず得られません。
 年号が確認できているものでは、山梨県三珠町の応永12(1405)年のものなどがありますが、この年号が本当なら、江戸時代より前ということになり、極めて貴重なものです。
 はじめちゃんは小さいものが多いため、無造作に拝殿前などに置かれていると、盗まれやしないかと心配になります。でも、厳重に保管されてしまえば気軽に会えなくなるわけで、そのへんが「はじめファン」の悩みの種でもあります。
 みなさんの近くにも、はじめちゃんがひっそりといるかもしれません。
三珠町熊野神社の狛犬
山梨県三珠町熊野神社にいる「応永12年」の年号が刻まれている狛犬。「はじめ」タイプの狛犬で年号が刻まれているものは非常に少ない。

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