栃木の狛犬(15)


岩船山山頂

この狛犬に会うのは3度目です。
過去2回は正面の何百段もある石段を真面目に登りましたが、今回はズルをして、車で高勝寺の駐車場へ。楽でしたが、すれ違えない上に、ダートで曲がりくねった進入路なので、あまりお勧めはできません。
高勝寺の縁起
死者の霊が集まる霊山ということで、山頂付近はこんな光景です。
岩船山は高勝寺というお寺が有名です。縁起は上の通りで、地蔵尊ということになっています。奥の院は本殿から右手に入ったところにあります。この奥の院は、突き出た崖の先に顔が壊れた地蔵菩薩像があるだけで、二度目に行ったときは、立ち入り禁止の柵を乗り越えて地蔵菩薩を撮影しました。拙著『天狗の棲む地』(マガジンハウス刊、廃刊。後に『狗族』と改題して文藝ネットで公開)の導入部では、この場所をモデルにした描写が出てきます。それを書くために、奥の院の場所を確認したのですが、今回行ってみると、本尊は崖のずっと手前に移設されていました。

しかし、高勝寺はもともとは孫太郎という天狗を祀るお寺だったようです。孫太郎を祀っている建物は奥の院とは反対側にあり、小さく、ほとんどの参拝者が見落としていますが、中を覗くと、まっ暗な中に、確かに烏天狗らしき像が見えます。

孫太郎天狗を通り過ぎて、さらに山頂へと登っていくと、恐らく焼失したんでしょう、社殿の基礎だけが残された神社跡があります。
その神社がなんという名前だったのか、資料もないので分かりませんが、かつて明らかにここに社殿があったわけです。今は小さな祠が再建されているだけ。
喪失した神社の前にいた狛犬は、酸性雨のせいか、摩耗がひどく、吽のほうは破片が残っているだけ。阿の狛犬がそれを寂しそうに見ています。
この狛犬、「トルソー狛犬」というジャンルを考える中で、重要な狛犬でした。とにかく、独特の存在感があり、すごく気になる狛犬です。

奥にある小さな祠は後から造られたものでしょう。手前に社殿の基礎石が見えています。
灯籠など、残っている石造物には明治29年とありますから、それほど古い神社ではなかったはず。恐らく、狛犬も明治期に造られたものです。

 

吽を見つめる阿像の表情が哀しそうでしょう? かつてはどんな姿だったのか……。
 
阿像の下には、よく見ると子獅子もいます(上の右)。摩耗して、ほとんどなんだか分からなくなっていますが……。

吽像はごらんの通り。尾の流れかたから、江戸型であったことが分かります。
岩船山に登ったら、ぜひこの狛犬に会いに行ってやってください。守るべき社殿も相棒も失い、子供と一緒に酸性雨にさらされて朽ちていくばかりの狛犬。滅びの美学を体現した、究極のトルソー狛犬ですね。
■Data:岩船山山頂神社跡(栃木県下都賀郡岩舟町鷲巣)ο建立年:明治29年前後? ο撮影年月・02年6月2日。

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