狛犬分類研究(5) 宝珠(ほうしゅ)

 江戸タイプは流麗な唐獅子を基本としていて、阿像吽像はポーズが違っていても、ほぼ同じ姿形をしています。「獅子狛犬」ではなく、姿の上では「獅子獅子」になったわけですね。その結果、ほとんどの江戸獅子は、阿像はもちろん、吽像の頭にも角はありません。
 しかし、江戸時代の狛犬の中には、吽像に角があるだけではなく、阿像に宝珠(摩尼珠)がついているものがいくつか見うけられます。宝珠(ほうしゅ)は神秘的な力をもつ玉で、仏教からきています。
 吽像に角があるのは「獅子・狛犬」の原型から引き継いでいるのでしょうが、古い木彫の神殿狛犬も、阿像の獅子の頭には何ものっていません。「角+宝珠」という組み合わせの狛犬が江戸時代に突然現れたのはなぜなのでしょう?
 謎を解く鍵は、江戸時代寛政6年(1794)に発行された『諸職絵鑑(しょしょくえかがみ)』にありそうです。これは江戸時代の職人に向けて作られた「サンプルイラスト集」のようなもので、画家、彫物師、鏝絵職人などが手本にしていました。
 そこに載っている「狛犬」の図は、一体が角、一体が宝珠をつけています。しかも、獅子狛犬の様式に照らすと、角があるべき狛犬(吽像)に宝珠があり、角のないはずの獅子(阿像)に角がある。神殿狛犬の「獅子狛犬」様式を知っている者が見ると、実に不思議な絵なのです。

『諸職画鑑』の狛犬図(『江戸の模様』2 マール社 より)
 石工たちが狛犬の制作依頼を受けたとき、どう彫っていいのか分からず、「サンプル集」に載っている狛犬を真似て彫ったことは想像に難くありません。その結果、宝珠をつけた狛犬がたくさん造られたのでしょう。岡崎石工の間では「天神系」などと呼ばれているそうです。天神社として人気のある岩津天満宮(岡崎市)にこの形の狛犬があることかららしいのですが、となると、全国区の呼称としてはどうかな、と思います。
 この宝珠と角という組み合わせの狛犬は明治期にふっと姿を消します。神殿狛犬(獅子狛犬)の正しい様式が伝わって、「あれは間違いだよ」とされたのかもしれませんね。


筑土神社(東京都千代田区九段北) 安永9(1780)年
 東京のど真ん中、ビルに囲まれた空間に隠れるように建っている神社。
 この狛犬は阿像に角、吽像に宝珠がついているが、『諸職画鑑』が発行される1794年より14年も前に建立されている。『諸職画鑑』のイラストを描いた画家は、この狛犬を見ていたのかもしれない。

  狛犬天満宮(岐阜県吉備郡古川町狛犬博物館敷地内)。寛政5(1793)年
 狛犬研究の大家・上杉千郷氏が故郷の古川町に私財を投じて建てた初代狛犬博物館敷地内にある小さな祠に置かれている。よそ(多分、江戸)から移設されたものだろう。吽像の頭についているのは、角というには丸すぎる気もするが、阿像とは明らかに違うので、やはり角のつもりだろうか。
 この狛犬も『諸職画鑑』の前年に彫られている。この時代、宝珠と角で獅子狛犬を区別する方法はすでにあったようだ。

諏訪神社
諏訪神社(千葉県安房郡千倉町)。文化8(1811)年。石工・和泉屋半七
 宝珠型でありながら、尾などはかなり装飾性を増しており、初期江戸タイプとしての特徴も併せ持っている。
 ちなみにこの狛犬、尾は立っているが一部、毛が台座と一体になって前方に流れている。江戸獅子の尾が立尾から流れ尾に変遷する経過を見ることができ、非常に興味深い。

滝尾神社(栃木県今市市瀬川)。天保7(1836)年
 まさに『諸職画鏡』の影響であろう、阿に角、吽に宝珠がついている。



なお、この「宝珠」という分類を設定するにあたっては、岡崎市の石工・綱川潔さんの力をお借りしました。
諸職画鑑については綱川さんのサイトで知り、画像など、多くの助力をいただきました。


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