狛犬分類研究(4) 越前禿(えちぜんかむろ)

弘前八幡宮(青森県弘前市)寛文4(1664)年
 越前(現在の福井県)には、笏谷(しゃくだに)石という細工しやすい柔らかい石を算出する場所がありました。色は青白く、古くは古墳時代の石棺などにも使われています。
 石の産出場所のそばには、当然それを加工する石工が住み着きます。笏谷石産出地もその例に漏れず、石工が集まり、神社仏閣関連の建築物、石造物を手がけていました。その笏谷石加工品のひとつとして、従来は木造が中心だった神殿狛犬が、石でも造られるようになったようです。
 笏谷石を使った小型の石造り狛犬の特徴は、おかっぱ(禿)頭と、背中にぺったり張り付いた紐のような細い尾にあります。他にも、両肩に小さな翼、お下げ髪風の鬣の先が内巻きにカールしている点、牙や眉を明解に刻み込んでいることなども共通した特徴でしょう。
 狛犬研究の先駆者として知られる橋本万平さんは、この笏谷石狛犬は越前の三国湊から北前船に乗せられて運ばれたと推測し、「三国湊狛犬」と呼びたいと、著書『狛犬をさがして』の中で書いています。
 関西の狛犬研究の雄・小寺慶昭さんは、その記述を引きながらも、越前の研究者がこのタイプの狛犬を「白山狛犬」と呼んでいたことを紹介しています。
 このタイプの狛犬が、狛犬史を語る上で極めて貴重な狛犬タイプであることは間違いありません。しかし、今のところ「白山狛犬」は、白山神社とこの狛犬の結びつきが今ひとつはっきりしませんし、「三国湊狛犬」というのも、あまりにも地名が限定的で、「江戸」や「浪花」との整合性の点でどうかと思います。
 そこで、僭越とは思いますが、特徴的な頭部と生産地から、「越前禿(かむろ)狛犬」と名づけてみました。
 私が最初に見た越前禿型狛犬は、青森県弘前市の弘前八幡神社の狛犬です。弘前市にはまったく同じタイプの狛犬が他に、熊野奥照神社、目屋桜庭多賀神社(旧清水の観音堂)にあり、この3対にはすべて「寛文4(1664)年」という年号が刻まれているのは「弘前の狛犬」で紹介したとおりです。
 1664年も十分古いのですが、京都府大江町の豊受神社には「元和7(1621)年」、岡崎市の犬頭神社には慶長10(1605)年と15(1610)年という年号が刻まれた越前禿型狛犬がいます。
 この1600年代という時期が、石造り狛犬にとってどれくらい古いか、少し説明が必要かもしれません。
 加賀百万石で知られる米所・加賀藩は、大阪で毎年7万石以上の米を売りさばいていましたが、瀬戸内海と関門海峡を経た日本海側の航路を使って米を運ぶのに初めて成功したのは寛永16(1639)年とされています。後に、幕府がこれに倣って、河村瑞賢に命じて出羽国の米を大阪へ運ばせるのに成功したのが寛文12(1672)年。これが有名な「北前船」の始まりです。つまり、大江町や岡崎市にある越前禿型狛犬は、公式な北前船航路開通以前に運ばれたことになるのです。これがまず驚くべきことのひとつ。
 次に、関東地方最古の狛犬とされるのが日光東照宮奥の宮参道にいる狛犬で、寛永13(1636)年の建立。橋本万平さんは、これが狛犬が参道に設置されるようになった始まりで、それを知った江戸の庶民が、自分たちの町の神社、先祖ゆかりの神社に狛犬を奉納するようになったという説を唱えたことがあります。しかし、慶長年間や元和年間の禿狛犬の存在は、その橋本説に疑問を投げかけています。
 越前禿型狛犬は、もともとは木造の神殿狛犬を石で造ってみよう、という発想で始まったと思われます。最初は屋外ではなく、社殿内に置かれていたのかもしれません。しかし、発注しているのは地方の武士や豪族でしょうから、庶民がまったく目にすることがなかったとも考えにくく、その意味では宮中や有名神社の奥深くにあった神殿狛犬とは違います。神殿狛犬とその後の石造り参道狛犬を結ぶ貴重なリングの役割を果たしていると考えられます。

熊野奥照神社・吽の背中
熊野奥照神社(青森県弘前市田町4)。寛文4(1664)年制作
 すぐそばの弘前八幡宮の狛犬と完全に同じタイプ。刻まれている年号も同じで、同時期に同一の工房で造られたもの。越前で造られたものが日本海ルートで青森まで運ばれたと考えられる。


三十番神社(新潟県三条市条南町)江戸期
 建立年は不明だが、越前禿狛犬の特徴を受け継いでいる。素材はおそらく笏谷石で、禿(おかっぱ)型の髪の毛や尾の形などは越前禿型狛犬の特徴を残すが、造形的にはかなりリファインされており、年代は新しそう。禿狛犬末期と考えられる興味深い存在。
 江戸時代以降、このタイプの狛犬はなぜか姿を消す。


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