狛犬分類研究(2) はじめ

 一部の狛犬研究者や女性狛犬ファンの間で非常に人気のあるタイプがこれです。
 円丈分類ではこれを「江戸はじめ」と呼んでいますが、江戸時代の初めに出てきたという意味なのか、それとも江戸タイプになる前の段階という意味なのかがよく分かりません。
 すでに平安時代にも立派な形の狛犬は存在していました。しかしそれは貴族(皇室)のものであり、庶民が狛犬を村社に奉納するというような風潮は江戸時代になってからです。
 その意味では、「参道狛犬事始め」で「はじめ」と呼ぶのは問題なく、ぴったりくる気がします。
 ほとんどの石工たちが、まだ狛犬というものをよく知らずに、伝聞や想像で造り始めた頃の狛犬という意味ですから、地域としての江戸に限らず、全国的に散らばっている「初期型狛犬」ということにもなります。
 前項で「江戸」と「畿内」という大分類を試みましたから、ここで「江戸はじめ」としてしまうと、地域としての江戸と混同しがちになり、まずいと思い、あえて「はじめ」としました。
 時代的には江戸中期くらいまでが多いようですが、「江戸」や「畿内」の狛犬を知らなかった地方の石工たちは、江戸時代後期に入っても、まだこうしたはじめタイプを造ることがあったようです。
 全国の狛犬をいろいろ見ていくうちに、私は参道狛犬の起源には2つあるのではないかと考えるようになりました。1つは言うまでもなく、宮中で生まれた神殿狛犬です。すでに平安時代にはかなり完成された姿を見せていました。数は多くないものの、著名な寺社などにこの伝統は引き継がれ、石造り狛犬としても神殿狛犬を模したものが出現します。これらはいわば「宮中ルーツ」です。
 もう1つがこの「はじめ」タイプです。「はじめ」は、神殿狛犬を見たことのない石工が、伝聞や想像によって作りだしたものです。つまり「庶民ルーツ」の狛犬。そのため、定型があまりなく、技術も神殿狛犬起源のものに比べるとほとんどが稚拙です。
 しかし、江戸時代の狛犬奉納ブームの先駆けはこうした「はじめ」タイプ狛犬だったと考えられます。
 はじめタイプが誕生すると、それを模した二代目はじめ狛犬が誕生し、次々に似たようなはじめが生まれます。また、その中で、石工が聞いていた「狛犬とはこういうものである」という話が、伝言ゲームのように変化していくことによって、さまざまな狛犬が生まれてきました。
 個性が出やすいのがはじめタイプの特徴なので、あまり定義したくありませんが、ざっとまとめると以下のようになるでしょう。

顔の特徴

1)彫りが浅い。
2)巻き毛や牙などの「パーツ」が少ない。
3)鼻や目が小ぶりで、あまり怖くない。

からだの特徴

1)全体に小ぶり。
2)渦巻き模様など装飾的な要素が少なく、平板。
3)前脚の間をくり抜いていないものが多い。
4)尾も目立たず、ほとんどないものもある。
↑茨城県北茨城市花園神社の狛犬
(建立年度不明)
↑岩手県遠野市倭文神社の狛犬
(建立年度不明)


 上の二つは典型的な「はじめ」タイプと言えます。
 下のは倭文神社と同じ遠野市にある六神石神社の狛犬ですが、これは建立年が宝永7(1710)年と分かっています。倭文神社の狛犬と比べると、多少背丈が高くなって身体が「起きて」いる。顔の彫りが多少深くなっている。身体全体に装飾的な要素が見られる……などの点から、時代的には倭文神社のものより後ではないかという気がします(つまり、倭文神社の狛犬は宝永以前である可能性が高い)。
 
岩手県遠野市青笹町六神石神社の狛犬(建立年・宝永7年〈1710年〉)

 

「はじめ」の進化

 
 次の狛犬は「はじめ」の要素を残していますが、かなり進化しています。
↑岩手県盛岡市天満宮の狛犬(建立年・多分、明治期)↑岩手県二戸市金田一八坂神社の狛犬(建立年・明治6年)

 まず、左の天満宮の狛犬は、啄木が「夏木立中の社の石馬も汗する日なり君をゆめみむ」という歌を詠んだことで有名になった狛犬ですが、脚の間はきれいにくり抜かれ、技巧的には純粋な「はじめ」よりかなり進んでいます。
 ただ、顔の作りのシンプルさ、身体に装飾がないなどは、「はじめ」の特徴を色濃く残しています。
 右の八坂神社の狛犬は、もはや「はじめ」とは呼べません。脚の間もくり抜かれ、しかも立ち上がっています。
 しかし、明治には江戸や畿内ではもっと大きく立派で、完全に定型化が始まった狛犬が量産されていましたから、このような素朴な形の狛犬が造られているというのは地方ならではとも言えます。つまり、「はじめ」的な要素は、地方に行くほど(江戸・畿内から離れるほど)時代が後になっても残っているということです。
 はじめタイプの狛犬は確かに技術的には稚拙ですが、逆に昔の石工が「狛犬ってどういう格好をさせたらいいんだろう」と悩みながら、心を込めて造っているところが、味わいを生んでいます。庶民が地元の神社に狛犬を奉納し始めた頃の素朴な気持ちが伝わってきて、現代の定型化された量産狛犬にはない重みも感じます。

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