多摩丘陵の狛犬(一)川崎市麻生区の狛犬

 地元の神社というのはいつでも行けるという気持ちがあって、かえって縁遠くなっていく傾向があります。それではいかんなと思い、1998年元旦に3社回りました。いずれもかつて1度は訪ねており、再訪です。


■白山神社




 これは多分、我が家からいちばん近い神社です。狆のような顔の狛犬だなあと思っていたのですが、詳しくはチェックしていませんでした。円丈師匠の「THE狛犬!コレクション」(通称「円丈本」)に、青山石勝のライバルとして川崎溝の口の内藤慶雲という石工が紹介されています。この写真を見た途端、ああ、白山神社の狛犬だと思いました。
 以後、ずっと白山神社の狛犬は慶雲の作だと決めつけていたのですが、改めて調べてみると「内藤留五郎」とあります。しかも、建立は明治20年。
 円丈本によれば、師匠が確認した慶雲の狛犬は明治21年から昭和21年にかけての13対とありますから、それより前のものです。
 しかも、慶雲の初期の作品(次の白鳥神社参照)とは違い、これは慶雲の晩年の作風に近いものです。
 となると、留五郎は慶雲の父親、あるいは師匠なのでしょうか?
 この狛犬、「阿」のほうは贅沢に子獅子を2匹遊ばせています。あとで紹介する汁守神社のものもそうですから、子獅子奮発主義は麻生区の伝統?
■Data:白山神社(川崎市麻生区白山4丁目)//ο建立年月・明治20年9月。ο石工・溝ノ口 内藤留五郎。ο撮影年月日・98年1月1日。


■白鳥神社





 小田急多摩線に沿って北西に向かうと、栗平駅の手前に白鳥神社があります。元旦なので、地元の人たちがテントを張り、ストーブを出していました。
 ここにある狛犬こそ、円丈本で紹介されている内藤慶雲初期の作品。円丈本にはサンプルとして高津区末長の杉山神社の狛犬(明治32年)が載っていますが、ここ白鳥神社の狛犬も同じ明治32年建立。顔は確かに同じに見えます。
 これのほうが白山神社の狛犬より新しいということに注目してください。やはり慶雲は最初の頃はまだへたくそで、留五郎の作風をコピーできなかったのでしょうか? それとも留五郎の作風を敢えて避けて、自分なりの作風を追求していたものの、晩年は留五郎の作風に同化してしまったのでしょうか?
 この狛犬は両方口を開いています。右側のほうは歯を剥いていますが、これが「阿」ということでしょうか。
■Data:白鳥神社(川崎市麻生区白鳥2丁目)//ο建立年月・明治32年9月。ο石工・溝ノ口 内藤慶雲。ο撮影年月日・98年1月1日。

■汁守神社


 ニューイヤー駅伝を見たり、グランディアをやったりしていたので、日が暮れてしまいました。最後は黒川の汁守神社です。ここも子獅子が合計4匹の大盤振る舞い。
 残念ながら、建立年以外のデータが削れてしまっているのですが、この狛犬は、多分、円丈師匠好みの江戸タイプで、前脚の上げ具合や背中の瘤のカーブなど、なかなかのものです。




■Data:汁守神社(川崎市麻生区黒川)//ο建立年月・明治15年2月。他は読めず。ο撮影年月日・98年1月1日。

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